はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 101 [迷子のヒナ]

御者兼従僕のウェインは次の的地ラッセルホテルへ到着したが、主人からの「もう二周ほどしろ」という命を受け、無駄に街中をぐるぐると回っていた。

車内で何が行われているのか、想像するのは容易かったが、そうしないだけの資質は備わっていた。

そうでなければジャスティンの従僕など務まるはずがない。

ウェインはそんな自分を誇りに思ったが、ふとあることに思い至った。

主人がこれほどまでに誰かにのめり込む姿を見たのは初めてだ。もちろん以前の恋人については色々耳にしていたが、それももう三年も前のこと。四六時中主人にまとわりついているわけではないが、ウェインの知る限り、ジャスティンがヒナ以外の誰かと親密な関係を持ったことは一度もなかった。もちろん、ヒナとの関係には肉体的なものは含まれていない、とウェインは思っている。

長い禁欲生活の果てに、主人とヒナがどんなふうに愛し合うのか、気にならないわけがない。だが、ウェインはこういう方面にはとことん疎かった。それにヒナを恥ずべき妄想の主人公とするにはいささか無理がある。

ということで、ウェインは下世話な物思いを振り払い、再びラッセルホテルの前に馬車を停車させた。

多少遠慮がちに扉を開けると、完璧な身なりのジャスティンとくしゃくしゃ頭のヒナが姿を現し、ウェインはとりあえずホッと胸を撫で下ろした。

ヒナの唇が少々腫れぼったくなっているが、この程度なら誰に見られても、二人がおかしな関係にあるとは思われないだろう。

「二時間後に迎えに来てくれ」そう言って、我があるじはヒナと連れだってホテルの中へ消えてしまった。

ウェインは時間つぶしにどこかでお茶でも飲もうと、ポケットをまさぐり所持金を確認すると、渋い顔をしながらホテルの裏のパブへ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 102 [迷子のヒナ]

手入れの行き届いた庭園に面したティーラウンジの一角で、ヒナはぎこちなく背筋を伸ばし、お茶が運ばれてくるのを待っていた。

緊張しないはずのヒナが借りてきた猫のように大人しくなっているのにはわけがある。もちろん、ジェームズに警告されたからだ。ヒナの不作法は、即、ジャスティンの評判悪化につながると、出掛けしなにチクリと言われたのだ。

ヒナは決して馬鹿ではない。すこしのんびり屋なだけだ。だからジェームズの警告に従い、お行儀よくするだけの分別はある。

けれど、その分別も予想外の邪魔が入るまでのことだった。

「あっ!パーシー!」外出中初めて見知った人に出会ったヒナはついつい大きな声で、前方に見えるパーシヴァルに向かって声をあげていた。

ヒナの声にぎょっとしたのは、ジャスティン。振り返りパーシヴァルの姿をみとめるや、苦りきった顔で、口の中だけで悪態を吐いた。

なんであいつがここに?

ジャスティンは声にならない声をあげ――つまりは口パクで、ヒナにパーシヴァルを無視するように言った。

当たり前だが、ヒナには通じるはずもなく……。

「ジュス、なに?パーシーもお茶するの?」

「しないッ――」なおも口パクのジャスティン。

「えっ?え?」ヒナは巻き毛を揺らし、ジャスティンとその背後に近づいてきているであろうパーシヴァルを交互に見やり、どういうわけか頬を上気させ嬉しそうに見えなくもない顔つきで――とうとう立ち上がった。

「こんにちは」と勝手に挨拶をするヒナ。

「こんにちは、ヒナ。どうしてここに?」パーシヴァルはにこやかに応じた。

「お前こそなんでこんなところにいる?」ジャスティンは刺々しさ全開で割って入った。パーシヴァルはいかにも偶然を装っているが、あとをつけてきたという可能性もある。油断は禁物だ。

「おや?ジャスティンじゃないか、そういう君こそなんでここに?ははん。そうか!」

とパーシヴァルが何やら意味深な発言をしたところで、ヒナお待ちかね、デザートプレートが到着した。

さっきまでお行儀のよかったヒナはいずこ。紳士はおろか、レディでも滅多にあげない歓声を上げ給仕係を歓迎し、パーシヴァルもジャスティンも無視してデザートのために着席した。

薄紅と若草色の小花柄のプレートには所狭しとヒナの好物がのっている。これに勝とうとするのは愚か者のする事だ。

待ちきれない様子のヒナを見て、ジャスティンは何が何でも速やかにパーシヴァルを追い払わなくてはと決意を新たにした。

「悪いが、パーシヴァル――」

「ああ、君。僕にも同じものを頼むよ」

ジャスティンの声は無情にも遮られ、パーシヴァルは図々しくも空いている席にごくごく当たり前のように腰をおろした。

せっかくの楽しい午後がこれで台無しになるのは確実だった。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ごくごく自然と合流を果たしたパーシー。
ジャスティンとは学校が一緒だったので、知らぬ仲ではないです。

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迷子のヒナ 103 [迷子のヒナ]

パーシヴァルはまだ十代とおぼしき給仕係のみごとな尻を物欲しげに見つめ、この奇妙な取り合わせで午後のお茶を楽しむことが出来るのだろうかと、薄ぼんやりと考えていた。

場の空気はヒナに支配されていた。

フォークとスプーンを器用に使い分け、さらには手を使ってデザートを食べ進めている。たったいま、チョコレートを口に運んだところだ。味に満足したのか、チョコまみれの歯をむきだしにしてにっこりと笑顔を見せた。パーシヴァルはそこにアンの面影を探そうとした。けれど、正直、アンについてはほとんど知らないも同然だった。ヒナのふわふわの紅茶色の巻き毛も、艶のある年代物のマホガニー色の瞳も、記憶にあるアンのものとは違っている。

パーシヴァルはジャスティンに目を向けた。厚かましさを発揮して、ジャスティンとヒナの間に腰をおろしたとき、旧友はこの僕を射殺そうとした。歓迎されるとは思っていなかったが、人前で殺そうとしなくてもいいじゃないか。幸い、あそこがきゅっと締まっただけで死にはしなかったが。

だが、いまはどうだ?
無邪気そのもののヒナを見て、笑みをのぞかせている。

笑みだと?

パーシヴァルは己の目を疑った。

かれこれ一〇年以上の付き合いだが、ジャスティンが笑うところなど一度も見たことなかった。ジャスティンは常に、お高くとまったいけ好かないやつだった。もちろん今もだ。

「パーシーのデザートまだ?」

ヒナは手にしたティーカップにふうふうと息を吹きかけながら訊いた。紅茶はとっくに冷めているはずなのに、どうやらヒナは極度の猫舌らしい。

「まだみたいだね」パーシヴァルは優雅に微笑み肩を竦めた。

その仕草に噛みついたのはジャスティン。

「ヒナ、食べ終わったら帰るぞ」と仏頂面でぴしゃりと言い放ち、それから、自分のカップを空にして、ことさら大きな音を立ててソーサーに戻した。給仕係が鋭い一瞥をくれたが、相手が高級クラブのオーナーだと気付いて素早く立ち去った。

ジャスティンを知っているとは、なかなか隅に置けない給仕だ。

ヒナ相手に色気を振りまくなということだろうが、筋違いもいいところだ。
僕が子供なんか相手にしないって事を知っているくせに、嫌な男だ。僕が好きなのは、もっと洗練された大人の男。そう、ジェームズのような――

「ねえ、パーシーはヒナのおじさんなの?ジャムがそうだって」ヒナは指先をしゃぶりながら、あまりに唐突に話を切り出した。

ジェームズが僕の話を?パーシヴァルの鼓動がにわかに早くなった。

「ヒナ、パーシヴァルに話し掛けるな」ジャスティンは食いしばった歯の隙間から、怒りを押し殺したような声を出した。可愛がっている子猫ちゃんのしでかしたことだ。怒るに怒れないといったところだろう。

「別にいいだろう?ヒナは僕のかわいい甥っ子なんだから」

「お前とヒナは何の関係もない!」

ジャスティンがむきになっているという事は、ヒナはアンの息子だという事だ。事実が判明しても、ちっとも嬉しくないのはなぜだろうか?
ヒナを生贄としてあのくそじじいに差し出そうとしている後ろめたさからか、そうすることでジェームズの不興を買うに違いないからなのか、どちらだろう。

ヒナは自分が口にした言葉でジャスティンの機嫌を損ねたことに気づいたのか、目を伏せ、皿を空にすることに没頭し始めた。

パーシヴァルのなけなしの良心がチクリと疼いた。

つづく


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迷子のヒナ 104 [迷子のヒナ]

ヒナに口止めをしておかなかったのは、ジャスティンの過ちだった。

だが、だれがこの場所でパーシヴァルに出会うと想像できた?しかも勝手に席に着き、腹が立つほど落ち着き払って優雅に紅茶を啜るなど、いったいだれに想像できる?
そしてヒナが不用意に自分の素性について口にするなど――

ああ、これは想像できた。だからこそ、俺の過ちなのだ。

「ところでパーシヴァル、ここへは何しに?ただお茶を飲みに来たわけではないだろう?」
どうせヒナに接触しようと恥知らずにもあとをつけて来たんだろう、とすべてを見透かすような目でパーシヴァルを見据え反応を伺った。

「実は、使用人をクビにしてね……お茶を淹れる者が誰もいなくなったんだ」

使用人をクビにだと?見え透いた嘘を。「使用人は一人や二人じゃないだろう?」

「ああ、もちろん。だが、全員クビにした。朝から冷めたお茶を飲まされたら、君だってそうするだろう?なあ、ヒナ」とヒナに向かって同意を求めたパーシヴァルだが、ヒナが冷めた紅茶が好みだったことに気づき、言葉を足した。「紅茶にクッキーが添えてなかったりすると特に」

ヒナは目を見開き、頭を縦に振って、激しく同意した。言葉を発しないのはパーシヴァルと話をするなとジャスティンが言ったからだ。こういう律儀なところに、ジャスティンはついほだされてしまう。

しかも、皿の中央にぽつんと残されたマロングラッセの欠片を名残惜しげにフォークでつつきまわしているとあっては――

「ヒナ、おかわりはいいのか?」と言わずにはいられない。

「うん……食べたら帰るんでしょ?」とパーシヴァルの皿をうらめしげに見やり、ヒナは最後のひとかけらを口に放り込んだ。

「僕のをあげようか?まだ手をつけていないから、変な病気がうつることもない」パーシヴァルはくすくすと笑いながら、自分の皿をヒナの方に押しやった。

「ジュス、パーシーは病気なの?」と心配そうにジャスティンに尋ねるヒナ。

ジャスティンは鬼のような形相でパーシヴァルを睨みつけた。この馬鹿は!ヒナにその手の冗談が通じるはずがないことくらいわかるだろうがっ!

「風邪でも引いているんだろう?ヒナ、それはパーシヴァルのだから、手をつけるな」そう言ってジャスティンは近くにいた給仕係を呼びつけた。ヒナの好きなアイスの盛り合わせを注文し、それから自分の為にコーヒーを頼んだ。

ヒナは椅子の上で座ったままピョンピョンと飛び跳ね、満面の笑みをジャスティン、パーシヴァルの両者に向けた。

パーシヴァルに笑い掛けるヒナを見て、ジャスティンの嫉妬心が火炎のごとく燃え上がった。

つづく


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迷子のヒナ 105 [迷子のヒナ]

ヒナは密かにパーシヴァルを観察していた。

綺麗な緑の瞳はお母さんと同じ色。金色の髪も同じ。優しい笑顔も同じだ。

だからついうっかり『おじさんなの?』と尋ねてしまった。

この話題に触れてはいけないことはヒナも承知していた。これまでずっと自分の名前すら秘密にしてきたのも、ひとえにジャスティンと離れたくなかったからだ。それなのに”ついうっかり”で、引き離されてしまう危険がすぐそこまで迫って来たのだ。さすがのヒナもジャスティンの言う通り口を噤むしかなかった。

でも、パーシーなら無理に引き離したりしないかもと悠長な事を考えているうちに、ヒナの目の前にアイスの盛り合わせが姿を現した。ガラスの器に盛られたアイスにヒナは飛びついた。

「ヒナ、急いで食べると――」とジャスティンが注意を促したが、一足遅かった。ヒナはキーンと痛む頭を片手で押さえ、アイスよりは温かい冷めた紅茶を啜った。

「ジュス……これ、美味しい――」じんわりと解れていくこめかみを揉みながら、ヒナはへへっと笑った。

ジャスティンは引きつった笑みを浮かべ、やれやれと頭を振った。

「ヒナは甘いものが好きなんだね。僕もプロフィトロールには目がないんだ」パーシヴァルは共感をこめて、目の前のプロフィトロールを上品に口に運んだ。

「プ、プロフィ?」どこかで聞いたことがあるようなないような……。

「ちいさなシューだよ」

ヒナの味覚の記憶の引き出しが開き、数日前食べた冷たい小さなシューが脳裏に浮かびあがった。

「シモンのだ!」

「シモンがヒナのうちのシェフ?」パーシヴァルが訊いた。

「ヒナのうちではなく、俺のうちだ」不機嫌に口を挟むジャスティン。

「ジュスのおうち!パーシー間違えた!」

「ははっ、そうだね」

ヒナはハッとし、パーシヴァルをじっと見つめた。困ったような優しい笑顔が、お母さんがヒナを子ども扱いする時の笑顔に似ていたからだ。

ヒナの目の前がかすんだ。
じわりと涙が溢れ、それを見たジャスティンとパーシヴァルはぎょっとし、おろおろとまごつき、ヒナを落ち着かせる方法を同時に思いつき、同時に立ち上がった。

「おいっ!さっさとデザートを持ってこい!」

つづく


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迷子のヒナ 106 [迷子のヒナ]

屋敷に戻った時、ジャスティンはとことんまで疲れていた。

パーシヴァルにヒナがめそめそと泣く理由を悟られてしまったこと、そんなヒナを宥めるためにパーシヴァルと協力せざるを得なかったことが、なによりジャスティンを疲れさせた。

別れ際、パーシヴァルはヒナをどうするつもりかと尋ねてきた。それはこっちのセリフだと反論したいのを抑え込み、無言で睨みつけ牽制するにとどめた。ヒナは上機嫌でパーシヴァルに別れを告げていた。「またね」と手を振りつつ。

眠りこけたヒナを抱いて帰宅し、残った仕事を片付け、ジェームズからコリンとエヴァンの逃避行の報告を受けた。とりあえずは憂慮すべき事態にはなっていないようで、ホッと胸を撫で下ろした。

とにかくジャスティンには酒の力が必要だった。書斎に入ると上着を脱いで、手近な椅子にひっかけた。影のように後ろをついて歩くホームズが上着を回収し、ソファに身を投げ出すように座ったジャスティンに、流れるような仕草でウィスキーで満たしたグラスを差し出した。

「ヒナはどうしてる?」ジャスティンはグラスを受け取り尋ねた。

ベッドへ寝かせたとき、ヒナは首筋に絡めた腕を解こうとしなかった。我知らず、まんまと誘い込まれそうになりながら踏みとどまったのは、義姉の顔が脳裏をよぎったからだ。

ニコラ訪問を明日に控え、のんきにヒナと戯れている場合ではない。と渋々自分に言い聞かせたのだ。

「帰ってきた時と変わらず、すやすやとおやすみです」とホームズは満足げな面持ちで報告した。

「まだ寝ているのか?」驚いてグラスを落しそうになった。まさかヒナはこのまま朝まで寝るつもりか?もう夜九時だぞ。帰宅して、三時間はゆうに経っている。「夕飯は食べなかったんだな」と言ったものの、あれだけデザートを食べれば腹も空かぬというものだ。

「シモンに夜食を準備しておくように言っておきました」

さすがはホームズ。万事抜かりない。
だから安心して留守を任せられるのだ。

「ところで、支度は済んだのか?ニコラはこれがいかにデリケートな問題か理解しているんだろうな?」
滞在日数は長くて一週間。その期間は短ければ短いほど、兄グレゴリーに知られる可能性は低くなる。あのくそ兄貴に知られれば、ヒナは困った状態に置かれることになるだろう。パーシヴァルなど問題にならないほど。

「心配は無用です。いつでも出発できます」ホームズはジャスティンの懸念を一掃するような澄まし顔で、淡々と言った。

ジャスティンはホームズの本気とも冗談ともつかない言葉に笑みを零し、「せめて朝まで待ってくれ」と言ってソファに深く身を沈めた。人心地着いた後の酒はすこぶる美味かった。

つづく


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迷子のヒナ 107 [迷子のヒナ]

早々に寝支度を済ませてしまったジャスティンは、通常では考えられない時間だが、素直にベッドへ入った。

ここ数日バタバタし過ぎて時間の感覚がおかしくなっているのかもしれないと、なんとなく納得し目を閉じたが、どうにもヒナが気になってしまい、再び目を開けひとつ深い息をついた。

ヒナの様子を見てこよう。
夕方から眠り続けるヒナにおかしなところはひとつもないが、万が一ということもある。ジャスティンはベッドから出ると、むき出しの肌にヒナ好みのふわふわ素材のドレッシングガウンを纏い――万が一、ねぼけたヒナが抱きついてきたときのためだ――、隣の部屋に通じるドアを開けた。

主寝室の隣は居間、その隣は空き部屋、その隣が何とヒナの部屋だ。ヒナはこの事実を知らないので、いつもバタバタと――本人はコソコソしているつもりらしいが――廊下を走ってくるのだ。

最後のドアの鍵を開けてヒナの部屋の入ると、意外にも部屋の中は明るかった。サッとベッドへ視線を走らせると、裸のヒナにダンがのしかかっていた。

クソ従僕がぁぁっ!!

ジャスティンはわずか二歩ほどでベッドへ飛び乗ると、ダンのぽちゃっとした頬に拳を振り出した。

ヒナに仕えて三年のダンは、もちろんこういう場合のジャスティンの行動パターンについても熟知している。猛然と殴りかかってくる主人を一瞥することもなく身を翻してベッドの下へ転がり落ち、それから人さし指を突き出した左手を部屋の隅に向け「お風呂です!」と叫んだ。

風呂だと?
確かにダンの指差す方向には、部屋用の簡易式のバスタブがあるが――

「寝ているだろうがっ!」と怒鳴り付け、ベッドから飛び降り、ダンににじり寄る。

ダンは後じさりながらも、「そうですっ!寝ているときはいつもこうしています!」と正当性を訴えた。

「いつも?――寝ているのに、風呂に?」そんな馬鹿な事がこれまで幾度となく行われてきただと?「溺れたらどうするつもりだ?」

「大丈夫です。これまで溺れていませんから」

ダンが胸を張って答えた瞬間、ジャスティンの背後で「ふわぁ~」となんとも緊張感のないあくびが聞こえた。

振り返ると、ベッドに横たわるヒナが背を撓らせ伸びをしていた。ジャスティンはその誘惑めいた仕草から目を逸らし、ダンからは見えないように横にサッと動いた。

ヒナは自分が裸で寝ていた事にまるで頓着しない様子で身体を起こすと、あくび混じりにごにょごにょと呟くように言った。

「もう、お出掛けの時間?」

つづく


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迷子のヒナ 108 [迷子のヒナ]

ダンを追い出すと、ジャスティンは緑色の小さなソファに腰をおろし、ヒナがふんふんと鼻歌を歌いながら入浴する様を眺めた。

サンダルウッドの香りのする四角い石鹸で器用に身体を洗い、泡まみれの髪をもみくちゃにしたかと思うと、湯船にじゃぶんと沈んだ。どうやら泡を洗い流しているようだが、なんとも大雑把なやり方だ。

一分近く経って、ヒナがぜえぜえと荒い息をしながら湯から這い出てきた。

ったく。もう五秒経って顔を出さないようなら助けに行こうと思っていたところだ。

「ジュス、お湯持ってきて」とヒナはバスタブから少し離れた場所にあるたらいを指差して言った。最後に綺麗な湯を頭からかぶって入浴は終了らしい。

ジャスティンは自分がまさか顎で使われているとは思いもしないで、ヒナに命じられるままいそいそとたらいめがけて突き進んだ。

「ヒナ、目を瞑ってろ」と言って、たらいを持ち上げたところで、ヒナが泡を食ったような顔で両腕を前に突き出し、手のひらをぶんぶんと振った。

「ああんっ、違う。そこに置いて」

なんとも艶めかしい声を出して、ヒナはたらいを置くように命令した。

ジャスティンはそれに従い、たらいをバスタブに横づけにした。明らかに人が入れるような大きさではないが、ヒナがここへ入ろうとしていることは一目瞭然だった。

ヒナは石鹸水から抜け出て、小さなたらいへと移動した。それから関節という関節を折りたたみ、わずかな湯の中で残った石鹸をすべて洗い流すと、絨毯の上に敷かれたタオルの上にぴょんと飛び乗った。

ヒナはそこで身体を拭き、変わった入浴方法を眺めていたジャスティンにしかと抱きついた。

「ふわふわ」

予想通りの反応だ。
ジャスティンはひとり悦に入り、ヒナを抱き上げてみずみずしい頬にキスをした。ヒナはくすぐったそうに首を竦め、ジャスティンの頬にすぼめた唇をちゅっと押し当てた。

「片付けはダンに任せよう」

ジャスティンは呼び鈴を鳴らすとダンを待たずして、ヒナを抱いたまま、来たときと同じ手順で自分の部屋へ戻った。

今夜はヒナを抱いて眠りたい。

つづく


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迷子のヒナ 109 [迷子のヒナ]

ジャスティンの部屋には、じゃがいものスープの香りが充満していた。軽くトーストしたバターたっぷりのパンの香りも一緒に。

シモン特製の夜食を難なく平らげたヒナは、歯磨きを済ませ、ジャスティンの待つベッドへ潜り込んだところだ。裸でさらわれたので、寝間着は着ていない。ジャスティンもドレッシングガウンを脱いで裸だ。

だが、こんな好機をうっかり逃してしまうのがヒナだ。せっかくシモンから受けた特訓の成果を披露するにふさわしい状況なのに。

ジャスティンのほうも、“お腹いっぱい大満足”のヒナをどうかしようなどとはさすがに思わない。

ということで、ジャスティンはヒナとあのことについて話しておくことにした。悪い話というのは気分のいい時にすれば、それだけダメージも少ないというものだ。

「ヒナ、お出掛けの時は一緒に寝れないからな。ひとりでちゃんと寝るんだぞ」

「ええっ!やだぁ」ヒナは即座に反発した。予想通りの反応だ。

「やだぁ、じゃない」ジャスティンはヒナの声をまねてぴしゃりと言った。「ここではいいが、余所の家では駄目だ」

「ニコはお母さんの友達だもん」

ヒナはぷうっと不貞腐れながらも、ジャスティンの胸に頬を擦り付けどさくさまぎれに乳首に噛みつこうとした。なんて子だ!ジャスティンはヒナの額を手の腹で押しやり、なんとか難を逃れた。まったく。無様な声を出してヒナに大笑いされるところだった。

「それと、キスもなし。ベタベタするのも、抱っこもなしだ」言っていてバカらしくなった。これではまるで幼子に言い聞かせているみたいだ。

「どうして?」と尋ねるヒナは、好きな人とキスも出来ないなんて信じられないといった面持ちだ。

その気持ちは理解できる。

男同士キスをしてはいけない、好き合ってはいけないと言ったところで、ヒナが納得するとは思えなかった。だったらてっとり早くこう言うしかない。

「もしもキスをしているところを見られたりしたら、もう一緒にいられなくなる」

ヒナはあまりの衝撃に目を見開き口元をわななかせた。それから諦めたように目を伏せ、ぽつりと言った。

「が、我慢する……」

苦渋の決断、らしい。

「いい子だ」本当にいい子だ。だからこそ、こんなにも愛しくてたまらない。

ジャスティンはヒナの頤に手を添え上を向かせた。

気持ちをきちんと伝えたことがなかったことに、いまさらながら気付いたのだ。

「ヒナ――あ、あ、あぃ……」

だめだっ!言えない。
言ってしまえばすべてが終わってしまいそうで怖い。

てっきりキスをされると思っていたヒナは、ジャスティンの様子がおかしいことに気づいたのか、気付いていないのか――

「ジュス、好き」と、いともあっさりと言ってのけた。

「ああ、知っている」知っているとも。いま初めて聞いたが、これで吹っ切れた。「ヒナ、愛してる」

もうこれで後戻りはできない。
ヒナがたとえのぼせあがっているだけだったとしても、一生のぼせあがったままでいてもらう。

ジャスティンが覚悟を決めたとき、ヒナはすでに行動を起こしていた。

つづく


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迷子のヒナ 110 [迷子のヒナ]

「ああっん!」

寝室に響き渡る、ジャスティンの喘ぎ声。

ヒナに乳首を噛まれたのだ。いわゆる甘噛みというやつだ。

「ヒナっ!!前にダメだと言わなかったか?」ジャスティンは顔を真っ赤にしてヒナの顔を押し退けた。

「言った」と、まったく悪びれる様子もなくヒナは澄ました顔で答えた。うっすらと笑いをこらえている感じが、確信的行動を物語っている。

「そう、言った。だから、元の場所に戻りなさい」

ちゃっかりジャスティンの上に乗っかっていたヒナに、左腕の中に戻るように命じたが、ヒナは不満らしくぶうぶうと文句を言っている。

いつからこんなに口が達者になったのか。まったく。余計な事ばかり覚えていく。

「早くしないと部屋へ戻すぞ」

この脅し文句はいつでも有効なようで、ヒナはすごすごとジャスティンの左側にすっぽりと納まった。

そして突如ヒナは『お腹が空いた』と訴える時とまるで同じ口調で、目の玉が飛び出そうな程のとんでもない要求をした。

「ねえ、ねえ。ヒナをジュスのものにして」

ジャスティンはしばらく固まった。その間、頭をフル回転させ、ヒナが自分が口にした言葉の意味を知っているのか考えた。

答えは、知らない、だ。

「誰にそんな言葉習った?」

「シモン」

あんの、いかれ料理人がっ!
いつもヒナを甘いもので釣って、ろくなことを教えやしない。クビにせずにいるのは、ヒナがシモンを友達だと思っているからだ。

実はヒナがシモンを師匠だと思っているとは、ジャスティンは知りもしない。

「ヒナは間違いなく俺のものだ。だから寝なさい」

シモンのせいであそこが疼き始めた。あえて見て見ぬ振りをしていたが、二人とも裸なのだ。ヒナは遠慮なしに、股の間の物体を擦り付けてくるし――本人自覚なし――乳首に噛みつくし、僕を抱いてと宣言するし、いったいどうしろっていうんだ。

いくらヒナを愛していても、こと身体云々に関しては話は別だ。ヒナを抱くだと?そんなことする気はない。それに近い行為はそのうちするだろう、してしまうだろうとは思ってはいるが……。とにかく、いまのところ抱く気は一切ない。

「じゃあ、ジュスをヒナのものにする」

ああ、その考えは思い浮かばなかったな。
それもまあ悪くはない。経験はないが……。

ヒナの真剣な目つきからは、そっちが来ないならこっちが行くまでだ、という固い決意のようなものが伺えた。

ジャスティンは思わず怖気をふるった。

つづく


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